2010年 10月 19日
ひょう
塗る。
ドローイング。
りんごとりんごジュースありがとう。



ー どういう事情で浮浪者になったわけ?
ブコウスキー なりゆきさ。たぶん飲んでるうちに、無味乾燥な仕事を続けるのがつらつら厭になったんじゃねえかな。もともと人の下で働くこと、いわゆる八時五時ってのが我慢ならない性分だった。そこでボトル片手に飲みながら、働かずに食ってく方法を考えた。労働するのは正直言ってださいと思ってた。飢えと戦ったり、物乞いして歩くほうがカッコ良く見えた。
 フィラデルフィア時代に行きつけのバーがあって、いつも同じ場所に陣取った。位置は忘れたが、一番奥だったんじゃねえかな。おれの指定席だ。早朝一番乗りを果たし、閉店まで居座った。店に居着いてたわけだ。サンドイッチの配達を頼まれたついでに、あがりを少々いただくことにして、あちこちで十セント、一ドルとせしめた。ヤバい仕事じゃなかったが、八時五時というのでもなかった。朝五時から翌朝の二時迄だから。いい思いでもあったに違いないが、何しろ頭がぼうっとしてたんでな。一日中夢を見てたようなもんだ。

ー よい詩の条件とは何?
ブコウスキー かっちりと、明瞭で過不足のない表現。血気やユーモアも必要だ。あのいわくいいがたいもの、読んですぐわかるなにものかの存在も必要だ。

ー 一時期、十年間ほど創作から遠ざかってたことがあるね。原因は何だったの?
ブコウスキー 一九四五年頃からだな。単にやめたんだ。別に才能に見切りをつけたというわけじゃない。このまま行っても、どうしようもないと思ったんだ。筆を折ったときには、書くことにすっかり嫌気がさしてた。かわりに酒を飲み、女と寝ることがおれの芸術となった。そういう道を選んだのを得意がるわけじゃないが、この時の経験はあとで色々使わせてもらってる。特に短編を書くときにな。でも作品のためにいちいち書き留めたりはしなかった。タイプライターを処分しちまったから。
 自分でも謎なんだな。飲み出す。女が来る。ボトルをもう一本頂戴、と女が言う。と、痛飲が始まる。他は一切消え失せる。
ー どうやってけりをつけたわけ?
ブコウスキー 危うく死に損なったのさ。郡立総合病院に担ぎ込まれたときは、口と尻からとめどなく血を流してた。医者は助からないと言ったが、どっこいそうはならなかった。大量のブドウ糖を入れ、五リットルだか十リットルだか輸血。これをノンストップで立て続けにやった。
 病院から出るとどうも感覚が変だった。すっかり平静な気分で。陳腐なことばを使うと、ノンシャランな気分だった。歩道を散歩しながらお天道様を見上げて言った。「おい、どうしたってんだ」相当に失血したわけだろ。脳をやられててもおかしくはない。本気で心配になる位に妙な感じだった。こんなに落ちついちまって。今は喋り方もずいぶんゆっくりしてるが、これもずっとこうだったわけじゃない。以前は一種病的にハイな奴だった。足も早く、手も早く、口も早かった。が、退院した時は妙に余裕たっぷりになってた。
 そこでタイプライターを買い直し、トラックの運転手になった。毎晩仕事から帰るとビールをがぶ飲みし、詩を叩き出すという生活が始まった。(繰り返すが、詩とは何かなど知ったことじゃなかった。ただ詩の格好をしたものを作ってただけだ。)詩作の経験が豊富だったわけじゃない。ほんの二、三篇。が、机に向かうと突然詩が浮かぶようになったのだ。そこで創作を再開し、大量に詩を書き貯めた。それを発送して、また一から出直すとした。今度は運も味方したし、作品にも進歩の跡があった。編集者の側も態勢が整い、前とは違う評価をしてくれた。たぶん三つ共に揃って成功に結びついたんだろう。創作を続行した。
 かくて女億万長者との出会いが待っていた。詩はできたものの、つてがなかったんで、雑誌の一覧表を調べてその中の一つに白羽の矢を立てた。「これがいい。こいつを困らせてやれ。社主はテキサスの片田舎の婆あらしい。うんと脅かしてやるぜ」ところがそいつは婆あじゃなかった。うなる程金のある若い女だったんだ。おまけに美人だった。ついには結婚にゴールイン。億万長者との結婚は二年半保った。それでポシャっちまったが、仕事には影響がなかった。
ー 何がまずかったの?
ブコウスキー 難しい単語をよく知ってて、読むのは高級な本ばかり。金持ちっていうのは本人も知らぬ間に性根が腐ってくもんなんだよな。あの女もそうで、金持ち特有の気取りがあった。あいつらは偉ぶった態度を絶対に崩そうとしない。そもそも、金があろうがなかろうが人間にそう違いがあるわけはないんだ。衣食住や乗るクルマが違うったってたかが知れてる。ところがなぜか、金持ちと常人とでは価値観が分離しちまうんだ。だから片方が金持ちで片方がそうじゃない場合、何かしら説明不能な溝ができる。もしあいつの財産の半分でも寄越してくれてたら、考え方の半分位は飲み込めて、あんなことにはならなかったかもしれない。だがそんな女じゃなかったな。新車をプレゼントしようっていうのがうやつの考えたことで、しかも離婚後のこと。遅いんだよ。
ー 短編に自己憐憫めいた一句があったね。こんな風だったかな。「このざまさ。詩人としてジュネやヘンリー・ミラーにも名の知られたこのおれが、今や皿洗い」
ブコウスキー たしかに自己憐憫だな。あからさまな自己憐憫。でも、自己憐憫がいつも悪いとは限らないぜ。ユーモア混じりの遠吠えなら、目くじら立てる必要はない。自己憐憫だけだと・・・・・・。ま、誰しも失敗はするさ。あそこは失敗だな。
 皿洗いとしても失格だった。クビになった。こう言われた。「こいつは皿の洗い方も知らないのか」酩酊してたんだよ。皿の洗い方を知らない上に、ローストビーフを全部食っちまった。倉庫に腿肉のローストビーフの塊が置いてあったんだ。ずっと飲みつづけで一週間何も食べてなかったんで、腿肉をひたすら切り分けてほぼ半分を平らげた。皿洗いをしたのは失敗だったが、おかげで腹一杯になれた。
ー しかし、ほかのところではこう言ってるね。無名のほうが気楽だ。誰も自分の正体を知らないと思うとぞくぞくするって。これって矛盾しない?
ブコウスキー 同業作家に顔が売れるのは、世間に顔が売れるのとはまた次元が別だろ。職人てものはさ、・・・・・・まあ作家が職人の仲間だとしての話だがな、たとえば、大工であるとしようよ。一人前の大工だったら、ほかの大工に腕前を認めてほしいと思うだろ。世間的に売れたいってなら何だけれど、他の一流作家にっていうなら・・・・・・うん、別に怪しからんとは思わないね。
ー 批評家が何を言っても全然答えないわけ?
ブコウスキー すげえいいって言われるのは、すげえ悪いって言われるのと同じで、何も感じない。誉められれば嬉しいし、けなされても嬉しいね。特に熱っぽい口調で書いてあると。批評家ってのは大げさに書き立てるもんだから、どっちだって刺激的だ。
 作品の批評は歓迎する。良くも悪くも。混合物がベストだけどな。聖人や、奇跡を行う人なみに尊敬されたり、崇拝されるのは願い下げだ。多少は叩かれたほうが人間味があるってもんだし、自分の生きざまには似付かわしい。生まれてこのかた叩かれ通しだったもんで、習い性になっちまった。人に受け入れてもらえないという経験も、少しだけなら精神の糧になるもんだ。といっても、全面攻撃や完全な拒絶は害でしかない。だから釣り合いが肝腎だ。誉める、けなす、何でもありのごった煮が望ましい。
 批評家ってのは愉快な人種だ。嫌いじゃない。ああいうのが周りにいるのはいいことだ。しかし、本当は何をするためにいるんだ?奥さんに暴力をふるうためか。
ー 女性といざこざがあったって言ったよね。女友達の一人に殺されかかったんだって?
ブコウスキー おねえちゃんの家に出掛けたのを見つかっちまったんだ。実は一度部屋に入ってから外に出て、ビール六本入り二ケースとウイスキーのボトルを提げて戻ってきたところだった。すっかり出来上がってたんで、家の前に女の車が停まってるのを見てこう独りごちた。「お、いいとこに来たな。紹介してやるから家に上がって、三人で仲良く酒を酌み交わそうや」なわけないよな。いきなり襲いかかってきた。瓶を箱から抜いて道路一面に叩き割り始めた。ウイスキーまで。それきりどこかに消えたから、散らばったガラス片を掃除してると、車を歩道に乗り上げてまっしぐらに突進してくるじゃねえか。あわてて飛び退くとやつはそのまま走り去った。しくじったのさ。
ー 書くのと飲むのは同時にできる?
ブコウスキー 飲んでる時に小説を書くのは無理だろう。非常に根気の要る作業だから。まあ自分にはできないね。小説の仕事はおよそロマンチックじゃないから、一杯機嫌でやるには向いてない。
 詩はまた別だ。世の中をあっと言わす作品が書きたくなる。酒が入ると気宇壮大になったり、ちょいと感傷的になったりするもんだ。いい気分だよ。交響楽をかけ、葉巻をくゆらす。ビールに口をつけ、さて、偉大なる五行だか六行だか十五行だか三十行だかを物しにかかるのだ。夜通し飲みかつ書く。朝が来れば戦果は床のうえに散らばってる。使いものにならない行を全部除けば、詩がいくつか手に入る。ほぼ六十パーセントは駄文だが、残りはつなぎ合わせれば何とか形になりそうだ。
 べつに酔いどれ詩人ててわけじゃあない。しらふで書くときもあるし、飲んで書くときもある。いい気分でも、悪い気分でも書く。特別な条件があるわけじゃない。
ー ゴア・ヴィダールがかつてこういうことを言ってる。ほんの一握りの例外を除き、アメリカの作家は全員が飲んだくれであると。やっぱりそうなのかな?
ブコウスキー そう言った人は複数いる。ジェームズ・ディッキー[南部出身の人気詩人。一九七〇年、長編『わが心の川』でベストセラー作家の仲間入り]はこう言った。詩には二つの物がつきものだ。アル中と自殺である。文学者は結構知ってるつもりだが、酒を飲まないやつはほとんどいないね。中でもいくらかでも才能のあるやつは、言われてみれば全員が大酒飲みだ。たしかにな。
 酒を飲むと気持ちが高ぶる。いっとき日頃の水準や習慣を忘れ、肉体や精神の限界を超えて不可能に挑戦しようという気になるんだ。私見では、酒を飲むのも一種の自殺だと思う。そこでまた新たな生命を授かって、翌日には人生を一からやり直せるわけだから。死んでもう一回生まれ変わるみたいなもんだ。それが本当なら、自分はもうかれこれ千回や千五百回は生まれ変わってることになるね。
ー さっきクラシック音楽のことが話に出たけど、作品でも何度か言及してるね。本気で興味があるのかな?
ブコウスキー 意識的なものじゃない。別の言い方をすると、書くときに部屋のラジオ(レコードは一枚もない)のダイヤルをクラシック専門局に合わせて、何か執筆の励みになるような音楽が流れないかなと待ってるわけ。聞き流してるんだ。この態度が許せないっていうやつも中にはいる。以前付き合ってた女友達の中にも、腰を据えて鑑賞しないと言って怒ったやつが何人かいる。鑑賞はしないよ。現代人のテレビの利用方法と同じさ。スイッチを入れるなり立って歩いたりして、まるで気にも留めてないみたいだが、かといってないのと同じというわけでもない。炭を満タンにした暖炉が役に立ってるのと同じだ。いわばいつも身の回りにあって便利なもの。特に一人暮らしの場合、ってところか。
 終日工場で労働してるとしよう。帰宅時には工場が骨の髄まで染み込んでるはずだ。つまらぬお喋り、空費した時間。やつらに奪われた八時間なり十時間なりを挽回し、余力を自分の本当にやりたいことに注ぎ込んでやらないと。真っ先にしたのは一っ風呂浴びてさっぱりすること。上がったらラジオのスイッチを捻って、クラシック音楽をかけ、太い葉巻に火を点けてビールの栓を抜き、タイプライターに向かう。これが習慣になって、一通り済まないと執筆に入れないこともしばしばだった。今は違うけれど、当時工場症候群を免れるためにはこれだけの支えが必要だったんだ。
ー 先日のポルノグラフィーについての連邦最高裁判決[性解放の風潮に冷水を浴びせた一九七三年の判決。猥褻の範囲を従来より拡大するとともに、判断を地方自治体の裁量に任せた]の感想は?
ブコウスキー 皆同じ意見じゃないの?地方自治体、市や町の専決事項にしたのは笑止千万だ。誰か映画を制作するとする。製作費に数億円注ぎ込んだ挙げ句、どこの館でかけたらいいかわからないんだ。ハリウッドで好評でも、パサディナの住民は嫌うかもしれない。各都市がどう反応するか見極めないといけなくなる。おれの猥褻観は、全面解禁、これに尽きる。みんな好き放題ワイセツになるといい。そのうち下火になるさ。それでも見たいというやつだけが見る。隠したり出し惜しみするから、いわゆる邪悪なものが生まれるんだ。
 猥褻そのものは概して他愛ないもんだ。ひどい出来だし。ピンク上映館の惨状を見てみなよ。今やどこも破産寸前だ。これは一気に来たよな。五ドルだった入場料が四九セントに値下げになったが、客足はいっこうに戻らない。出来のいいピンク映画というものにお目にかかったためしがないな。およそ退屈きわまりない。巨大な肉塊が画面を動き回るだけ。これがちんこか。男1×女3Pね。ふん。何だよ、裸ばっかじゃねえか。女が服を着てて、そのスカートを男が剥ぐから刺激的なんだろ。連中には想像力が欠けている。刺激的っていうのがどういうことかちっとも分かってない。もちろん分かる位ならピンク屋じゃなくて、芸術家になってただろうが。
ー 最後にもう一問。どうして作品で、自分を殊更コケにするの?
ブコウスキー 洒落が半分。残りは、本当に馬鹿やってる事が多いから。馬鹿なら自分で申告したほうがいい。でないと他人が言い出す。出鼻を挫けば言う気もなくすだろ。
 酔いが回り出すと本当に馬鹿やっちまうんだよな。余計な苦労ばかりして。幾つになっても大人にならない。けちな酔っ払いさ。二、三杯飲ましてくれたら、全世界をやっつけてやるよ。・・・・・・やっけたいんだ。

競馬代稼ぎ チャールズ・ブコウスキー【インタビュー】
インタビューアー:ロバート・ウェナーストン訳=米塚真治



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by midoriartcenter | 2010-10-19 04:39 | Tomomitsu TADA


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